壁を超えるのは恥ずかしい
壁を超えるのは恥ずかしい
リーズナブルな価格のお店ですが、分厚く柔らかいお肉が気に入っており気軽に食べられるのがここの魅力です。
メール会員になると、毎月何度か開催されるサービスデーの類の案内が送られてくるので、先日友人と行ってみようかということになりました。今回の特典は「サーロインステーキのみ通常価格の半額」というもので、「半額対象は8オンス以上」となっています。
1オンスが28gですから、およそ220gのステーキということです。
通常のメニューでは、一番小さいのが4オンス(約110g)、そこから2オンス刻みで肉の量が増え、最大は16オンス(約450g)となっていますが、今回は半額なのですから対象とされるのが「8オンス以上」というのも当然だろうという気がしました。
私も友人も10オンスぐらいすぐに食べますが、お酒も飲みたいねということで8オンスを2つ注文することにしました。
ほどなくして斜め前のテーブルに若いカップルがやってきましたが、しばらくするとそちらへも焼きあがったステーキが運ばれ、お待たせいたしました。サーロインステーキ12オンスになります!という店員の声がすぐ傍で聞こえます。なるほど若いお兄さんはそれぐらい食べるだろうなぁと、このときはなんの疑問もなく思いました。
ところがあとにはライスが2つ運ばれてきただけで、ステーキはそれ1つきり…。すると店員は「以上でご注文はお揃いでしょうか?」と尋ねると、カップルのうちの女性のほうが軽い笑顔で「はい」と小さく答えました。
その12オンスのサーロインステーキはテーブルの中央に置かれ、向い合う二人がそれを食べ始めたのにはびっくりしました!
すぐに彼らのやっていることが理解できました。
店側のルールで8オンス以上が半額というのなら、それを2つ頼むか、それが嫌なら来るなよ!と思いますし、そもそも、小さなお店でそんなことをして、単純に恥ずかしくないのかと思います。さらにはこのとき二人がついたテーブルは、4人用に空きがなかったために6人用でした。これは偶然としても、店側はさぞかし苦々しく思ったことでしょう。たしかに送られてきたメールには「一人分のステーキを二人で食べてはいけない」とは書いてありませんでしたから、このやり方は店が定めた条件に違反していないのかもしれませんが、まるで法の網をかいくぐるがごとく、そんな言葉の裏をかいたようなことをしてどういう気分なのか。ちなみに二種類の味が並んだステーキソースなどはしっかり二人分もらっていました。
みたところ、そんなことをしそうな感じではなく、いかにも善良そうなおとなしいカップルという印象でしたが、若いのに知恵を絞ってまで少量ですませるという、お店が考えもしない壁をするりとすり抜けたのを見てただただすごいと思わざるを得ませんでした。高度経済成長はもちろん、バブル景気も知らない世代は、せめて半額のときぐらい豪快に食べようじゃないかという発想すらないのかと思うと、なんだかこちらのほうが悲しくなりました。
あるいは与えられた特典があっても、それで満足したら負けなのか、さらに細かく切り刻んでいじりまわして、ルール上の盲点を突いて、合法的にさらなるお得をゲットすることが、まるでゲームに勝ったような気にでもなっているのでしょうか。
そしてさらに数分後、こんどは通路を挟んですぐ前のテーブルに30代ぐらいの若いお母さんが二人と子供が二人(合計4人)がやってきました。子供は幼稚園児ぐらいの男の子と、もう一人はやっと小学校にあがったぐらいの女の子。
しばらくして運ばれてきたのは、二人のお母さんがいずれも10オンスのサーロイン、小学校低学年の女の子でさえ同じく8オンス!ステーキが食べられそうにない男の子には、ハンバークを中心とした大きなディッシュが目の前にどっかりと置かれました。
これを4人はいかにも楽しげに食べ始めましたが、そんな単純さが、さすがにこのときはことさら眩しく輝いて、つい拍手でもおくりたい気分でした。だって半額なのですから、そのぶん普段より大胆な注文ができる、美味しいお肉がたらふく食べられる、そう反応するのが健全でほがらかというもの。それをあれこれの策を弄してみみっちい頭脳を働かせて、それでいったい何が楽しいというのか…。
いまどきの若い人は、表向きはおとなしくて善良そうに見えますが、その思考回路はわずかのリスクでも排除し、目先の損得に執着、物事をあまりにも小さい単位でしか処理できない構造なのかもしれません。とりわけ財布の紐が堅いのは一通りではなく、この体質はコロナ明けの「消費の拡大」の前に立ちはだかる最強のバリケードのようなものかもしれないと思いました。